自由民主党への入党と公認決定のご報告

このたび、私は自由民主党に入党し、平成27年度統一地方選挙の予定候補者として公認決定を受けましたのでご報告申し上げます。

今回の選挙で公認決定を受けたのは、私大河内茂太の他、冨川晃太郎、山本敬子の計3名です。

民主党を離党してから現在に至るまでの二年間、無所属での活動を続けて参りましたが、政権与党会派(自民党系会派)にも市長与党会派(共産党、民主党系会派)にも所属せず、加えて所属会派(新風宝塚改革の会)の代表でもない中で、いかに市議会内での発言力を高めていけるのかを模索しておりました。

この点、議員個人としての資質や知識、経験を高めていくのは当然のことですが、併せて政党の一員として活動していくという、このたびの決断が最善の回答となることを願って已みません。

私は日頃、「保守・改革路線」での政治活動や主張を続けておりますが、その内容は自民党の路線と重なるものでした。

自民党が前回他党で立候補した候補者を公認決定することは稀ですが、このたびは私の日頃の活動や主張を評価いただいた上での公認決定であったと聞いております。所属政党の変更についてはご批判もあろうかと存じますが、私の理想とする政治を実現するための、より力強い活動に向けての決断であることに、何卒ご理解とご協力を賜りたくお願い申し上げます。

今後は自民党の一員として、より責任ある発言を心掛け、実行力ある力強い活動にまい進して参ります。

民主党除籍の経緯

今までもご説明を重ねて参りましたが、この機会に改めてご報告させていただきます。
私はかつて市村浩一郎元衆議院議員(元民主党)の私設秘書を務めた関係で、平成23年に民主党籍で市議会議員に立候補しましたが、民主党の国政運営が批判を浴びた強い逆風下での選挙でした。

組合出身でない私には労働組合の支援はなく、主にご縁ある皆様の温かいご支援と無党派層の皆様への地道なお訴えを重ねて、かろうじて当選させていただくことができました。

その後、保守・改革派の立場から市政改革を目指しましたが、労働組合を基盤とする党内左派との連携がとれず、民主党に所属しての活動に限界を覚えました。
本市は現在、社民党と共産党が事実上の与党という全国的にも珍しい市です。この現状を打開すべく平成25年の宝塚市長選挙において自民党推薦候補を支援するため、私を含む党内保守派(市議・県議・元国会議員の計3名)が自主投票を主張したところ、党内左派(市議1名)と民主党兵庫県連は半ば強引に社民党候補(現市長)への推薦を決定しました。

そのまま党に留まれば政治的な意思に反して社民党市長候補を応援せざるを得ないため、断腸の思いで平成25年3月に離党届を提出し、結果、除籍処分を受けた次第です。何卒、ご理解を賜りますようにお願い申し上げます。