活動報告

2014年10月02日(木) 一般質問 ~ 文部科学省道徳副読本について

今年度春から利用が義務付けられている「文部科学省副読本」の利用状況について教育委員会に質問しました。
年3回利用する計画を立てているとの答弁を受け、下記の二次質問をいたしました。※実際の二次質問では一部割愛しました。


国指定の道徳副読本『私たちの道徳』は、文部科学省から「各児童生徒への個別配布と家庭への持ち帰り、及び長期休暇での持ち帰りと家族との読書」を指導(通知)されています。

にもかかわらず、本市では教師(学校)が一括して預かっており、各児童に配布して持ち帰らせていない状況です。

実は東京都でも、ほとんどの学校が副読本を児童に配っておらず、下村文部科学大臣が副読本を各児童に配布して家に持ち帰るように呼びかけていると報道されました。

多額の税金を使って、日本全国の児童生徒に行き渡るように学校に配られているのに、なぜ個別に配布して持ち帰らせないのでしょうか。

手に取ってみると、この副読本はなかなか素晴らしい。
一番素晴らしいのは最近教えられることが少なくなった「偉人」を紹介しています。「少年よ大志を抱け」のクラークとか(最近見かけなくなりましたね)、「なせば成る、なさねば成らぬ、何事も」の上杉鷹山とか。また志を立てることの大切さとか、日本人としての礼儀とか、四季折々の伝統行事とか、愛国心の大切さとか、あるいは武士道的な視点までしっかりと記載されている。

しかし、学校の対応を見ていると、なるべく積極的には利用させたくないように見えます。

東日本大震災では、被災地の人々の振る舞いを通して、日本人の精神性が外国人に感銘を与えました。しかし、これは戦後の道徳教育の成果ではなく、日本人が古来から受け継いできた道徳心です。

たとえば、3世紀の魏志倭人伝には「風俗は乱れていない。盗みが少なく、争いごとも少ない。水辺で沐浴し、身を清めている。」と書かれていますし、16世紀のフランシスコ・ザビエル神父は「日本人はたいてい貧乏である。しかし、武士たると平民たるとを問わず、貧乏を恥辱と思っている者は一人もいない」と言っています。

19世紀の女性旅行家イザベラ・バードは「つい昨日も、靴ひもが一本なくなり、もう日は暮れていたにもかかわらず、馬子は一里引き返して靴ひもを探してくれた上、私が渡したかった何銭かを、『旅の終わりには何もかも無事な状態で引き渡すのが自分の責任だから』と、受け取ろうとはしませんでした」と記しています。

このように、日本人の道徳心というのは、遠い昔からずーっと引き継がれてきて、今に至っているのですね。学校教育で「新しく作る」ものではなくて、「引き継いでいく」べきものだと思うのです。

そうした視点・観点が、この国の道徳副読本には入っているし、国や郷土を愛する心を育てる配慮がなされています。 

だから!なるべく利用せたくないのかな?と思わざるを得ないのです。

実際に、左派陣営の皆さんは、この国の道徳副読本は「国を愛する心」という項目が入っているからダメだと唱えているのです。

私には全く理解できません。

一般質問では、「文部科学省の通知に従い、他の教科書や副読本と同じように、家庭に持ち帰らせて、家族と読書する機会を作ってほしい」と強く要望いたしました。

2014年10月02日(木) 一般質問のご報告 ~ 中学校歴史教科書問題

 平成18年に、約60年ぶりに改正された教育基本法では、第一条に、「教育の目的」として「人格の完成」や「国家・社会の形成者として心身ともに健康な国民の育成」を規定し、この教育の目的を実現するために、第二条に今日重要と考えられる「教育の目標」を新たに規定しました。
 第二条5項では「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた『我が国』と『郷土』を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」としており、中学校の新学習指導要領もこの目標に沿って作られています。
 この点、3年前に行われた中学校歴史教科書の選定においても、この基準を「よりよく」満たす教科書の選定を、恣意を排し、公平・客観的な観点から選定できているのかどうか、また、来年に控えた中学校歴史教科書採択についても教育委員会に質問しました。


一次質問で「通り一通り」の答弁を聞いた後、二次質問で下記の質問をいたしました。

・平成23年度の中学校歴史教科書選定の対象となった教科書は7社。
・内5社は従来からある東京書籍、教育出版、帝国書院、清水書院、日本文教出版。
・残りの2社が「新しい歴史教科書をつくる会」系列の自由社と育鵬社。
・これらの教科書の内、どの教科書が、新教育基本法が示す教育目標である「伝統文化の尊重」「我が国と郷土への愛情」「公共の精神の育み」をよりよく満たしているのか? 平成23年の選定ではそれらの目標に沿ってしっかりと選定できたのかを確認したい。

・本市の「教科書採択協議会」と「調査委員会」は教科書選定にあたって、調査研究で重視する観点として、①「基礎・基本」②「資料活用」③「郷土理解」の3つの重点基準を設けている。

・「基礎・基本」に関しては文科省が認定している教科書であれば当然満たしているので、実質的には「資料の充実」と「郷土への理解」の二つと考えてよい。

・しかし、この調査委員会の基準については疑問がある。
・まず、新教育基本法は、改正の目玉として、「我が国と郷土を愛すること」という目標を加えた。にもかかわらず、調査委員会の基準からは「我が国」の部分がすっぽりとなくなっている。
・また、新教育基本法の「郷土を愛する」とは、いわゆる「郷土愛」のことで、本市で言えば、「宝塚市、あるいは宝塚市を含む周辺地域を郷土として愛する」こと。
・しかしながら、調査委員会の基準では、「郷土愛」ではなく、「アイヌや琉球などの異文化理解」という別の話にすり替えられている。

Q 新教育基本法の改正の目玉である「我が国を愛する気持ちのはぐくみ」と「郷土愛」を実質上、選定の基準から除外していることは重大な問題だ。 平成23年度の教科書選定は教育基本法のもっとも重視すべき趣旨に反しているのではないか? 教育委員会はこの事実を認識し把握していたか?


・その結果、7社の選定に関しては、2つの基準に従って、主に「資料が充実しているか」及び「アイヌや琉球などの異文化理解の記述が充実しているか」という点を重視して調査を行っている。
・つまり、「我が国への愛情」と「郷土愛」についての調査がなされていない。
・さらに言うと、「各歴史教科書のベースとなっている大きな歴史観とか内容に関する大きな方向性」の審査が全くなされていない。
・加えて言うと、「つくる会」系列の自由社と育鵬社に関しては、選定協議会でほとんど議論すらされなかったと聞いている。
・ちなみにこの2社だが、参考のために編集方針を紹介しておく。

「日本の戦後の歴史教育は、日本人が受け継ぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものであった。特に近現代史では、日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くに扱われている。 世界史的視野の中で、日本国と日本人の自画像を、品格とバランスをもって活写することで、祖先の活躍に心躍らせ、失敗の歴史にも目を向け、その苦楽を追体験できる、日本人の物語を語り合える教科書をつくり、子供たちが、日本人としての自信と責任を持ち、世界の平和と繁栄に献身できるようにする。」

・したがって、まったく他の5社とは編集方針が異なるし内容も異なる。
・一見して、教育基本法の「我が国と郷土を愛する」という目標に合致しそうだし、当然、内容についての議論があってしかるべきだ。
・しかし、実際には無視されている状況。

・おかしいと思う。

・ちなみに参考として、どういう風に従前の教科書とは異なるのか、内容の一部を紹介する。
・(教科書を指して)「つくる会系の教科書」と「本市が使っている従来型の教科書」を比較。
・(注意)従来型の5社はほぼ同様の傾向を持っている。

【1】<建国の歴史>
・本市の教科書には、我が国の「建国の歴史」が書かれていない。
・どの国の教科書でも「建国の歴史」を最も重要な項目として教える。
・新しい国、アメリカや中国(今年65周年)などもちろん!
・古い国なら伝承を伝えるのは当たり前。そうでなければ国の始まりの物語を後世に残せない。
・イタリアなら「ロムルスの伝説」、韓国なら「檀君神話」、みんなきちんと教えている。
・日本では「古事記」「日本書紀」が建国の歴史を伝えている。古すぎて神話と融合している部分もあるが、「神話ゆえにただちに歴史的事実として扱えない」と言及したうえで、「先祖が伝えた伝承」を教科書に載せて、後世に伝えていくのは、義務教育として当然のこと。
・「つくる会系の教科書」には、建国の歴史が書かれている。
・「つくる会系の教科書」の方が、教育基本法の「我が国と郷土を愛する」という目標に合致している。

【2】<歴史から教訓を得る>
・日本は侵略したこともあれば、侵略を受けたこともある。
・バランスよく、両面から教訓を得るべき。
・本市の教科書は、たとえば「秀吉の朝鮮侵略」では、耳塚の話などを紹介して残虐さを強調。しかし反面、「元寇」については襲来があったと事実を記すのみ。
・「つくる会系の教科書」は元寇のときの対馬での凄惨な虐殺を記載している。
・この記載がないと、侵略されることの恐ろしさを子供たちに伝えられない。つまり教訓を得られない。
・我が国は侵略されることの少なかった国。それ故余計に侵略を受けた教訓は義務教育で子々孫々にまで伝えていくべき。


【3】<平和の大切さ>
・本市の教科書は「第一次世界大戦と第二次世界大戦」及び「ファシズム」による犠牲は記載しているが、驚くべきことに、それらを凌駕する(WW1とWW2及びファシズムの犠牲者を合計した以上の犠牲者を出した)人類史上最悪の殺戮である「共産主義革命」での犠牲(約9000万人)には一切触れていない。
・ちなみにWWⅡでの日本の軍人市民合わせた犠牲者は300万人、ナチスのホロコーストが500万人~600万人。共産主義革命(スターリン粛清、文化大革命)の犠牲の大きさは飛び抜けており、これを歴史で教えない理由など見つからない。
・それなのに・・なぜでしょう? ※ここにすべての秘密が隠されています。


【4】<登場人物の傾向>
・本市の教科書(本市での教科書には掲載されていて、つくる会系の教科書では取り上げていない人物) 
→ エンゲルス、片山潜、幸徳秋水、洪秀全、安重根など、社会主義者や独立運動家、テロリストなどの記述。
・つくる会系の教科書(つくる会系の教科書には掲載されていて、本市の教科書では取り上げていない人物)
→ 神武天皇、大石内蔵助、勝海舟、小村寿太郎、菅原道真、乃木希典、徳川光圀など。
・どちらが中学生に教える人物として好ましいでしょうか?


【5】<外国の人物や場所のルビ> ・・最近急激にこの傾向が強まった。
・本市が使っている教科書では、「袁世凱」はユワンシーカイ、「盧溝橋」はルーコウチァオ、溥儀のことは「ブイ」、高句麗のことは「コグリョ」、新羅のことは「シルラ」、百済のことは「ペクチェ」など。
・たとえば百済を索引で引く場合、クの段を探しても見つからない。ペの段に百済があるのである。つまり本市の教科書は中学生に百済をペクチェと教えたいのである。
・韓国の大領領を「パククネ」と呼ぶのとは事情が違う。歴史的人物として日本語読みが定着している人物や場所、事件名などは、従来通りの表記であるべきだ。そうしないと世代間で話が通じない。
・もちろん、つくる会系の教科書では従来通りの表記である。

【6】<その他>
・他にも使用されている「写真」や「コラム」など大きな違いがある。

・このように、内容に着目すれば、従来の教科書と新しい教科書の間には、大きな違いがあるのに、なぜ調査委員会と採択協議会は内容の議論をせず、最初から新しい教科書を無視し、除外するのか、よく理解できない。

Q 来年の教科書選定にあたっては、採択基準を教育基本法の目標に沿ったものとし、内容について踏み込んだ議論をするように教育委員会は指導すべきだと思うがどうか?

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